これまで何度か参加させて頂いていた、UNISON SQUARE GARDENのオリジナルアルバムをもとにしたナツさんによる文章執筆企画が、一旦アルバムの完走とバンドの活動休止を持って終了となりました。これまで狂気のデスゲームおじさんだのルーレット甲子園地区予選敗退の実力だのもう才能無いからルーレットやめろだの、いろいろと好き勝手に申しておりましたが、まずはお礼を。UNISON SQUARE GARDENの楽曲と真摯に向き合える、楽しい時間を、企画をありがとうございました。
せっかくなのでこれまでに書いた記事を全部振り返るやつをやります。
前置きここまで、以下history
ゴリラ・ピクルス・己
寄稿企画:MODE MOOD MODE SENTENCE
担当楽曲:MIDNIGHT JUNGLE
記念すべき最初の企画文。純度の高いゴリラ。
今後も(コンゴだけに)この記事では幾度となく記事そのものに対して「ゴリラ」という形容が頻出すると思うので一応説明するが、当方は担当する楽曲に対する解釈を勢いと文字数だけで突っ走って何とか誤魔化そうとしている記事を、毛深くパワーがある(密度が高く勢いがある)という意味合いを込めて便宜上「ゴリラ」と称している。決して実在する霊長類を小ばかにするような意味ではないことはご理解頂きたい。
自認静謐甘美秋暮叙情とか、ウホウホゴリラパーセカンドとか、後々まで尾を引くことになる不純な物質、不純物を混入させてしまってはいるものの、基本的にはシンプルな楽曲紹介の構成となっているため、そういう意味では非常にオーソドックスな記事といえる。そう考えると最初にふさわしい出来栄えと言えなくもないか。ちなみに俺は未だに自分のテーマソングを静謐甘美秋暮叙情だと思っている。風呂上がりに鏡とか見ると特にそう感じる。何だその目は、記事にするぞ
ミッドナイトジャンゴリラとかいう、ある日Twitterに突如君臨したパワーワードからついぞ抜け出すことが出来ず、結局数日間ゴリラが脳裏を支配したまま執筆作業と向き合うことになり、普通にストレスだった。自分が希望してこの曲の記事を書いているならまだしも指名制である。慰謝料を請求したい。流石に時効か。
もともと「MIDNIGHT JUNGLEを聴き続けるうちに日ごとにゴリラと化していく東大生」といった、逆『アルジャーノンに花束を』みたいなネタからプロットをスタートした覚えがあるが、スタート地点である『東大生』の頭を肝心の自分がまったく再現できないことに気付きあえなく断念、その後紆余曲折あって結果的にこのような着地に落ち着いたという、敗北者の経緯がある。こういう本当に書きたいことが書けないみたいな羽目になるから学業は大切だと、義務教育の段階で気付くべきだった。UNISON SQUARE GARDENは俺にいつもこんな感じで手遅れの事実ばかり教えてくれる。嫌なバンド!
書き上げた当初は「なんだこれ」と思ったし真面目に公開するのが恥ずかしくて仕方が無かったが、今になって読み返すと現在の自分が多少なりとも失ってしまった元気さを感じられるようで、返って魅力的に感じる。不思議。曲のことを存分に語った後にMicro Paradisoごっこをしてなんやかんややっておしまい、というルートを明確に作ることが出来ていたのが大きいのかもしれない。
まあ結局この記事でやっていることって、米津玄師の曲を一時停止しながら日本人向けに大げさなリアクションして再生回数稼ぐ外国人リアクション系YouTuberとほとんど一緒だからな。その後に謎にスピってるだけ。スピリチュアル系インフルエンサーゴリラの記事。いくらなんでも胡散臭すぎる。胡散が腐敗している。
『恋する惑星』とかいうよく分からないチャラい曲と向きあった日々
寄稿企画:Ninth Pencil
担当楽曲:恋する惑星
問題児。忌み子。一番しんどかったやつ。二度とこの曲と向き合いたくない。自分以外の誰がこの記事をどう評価しようと他でもない僕は本当にろくな思い出が無い。未だにNinth Peelという素晴らしいアルバムの中でこの曲が一番良く分からないし、晩年の(晩年の、とかまだ言わない方がいいかもしれないが)ユニゾンがライブでこの曲を「楽しい枠」として重宝していたのが本当に気にくわない。何よりライブでこの曲のイントロが鳴り響くたびにこの記事が脳裏を過ぎって「ああ、今世の俺は恋する惑星でノったら世間から怒られてしまう」となってしまい一気に冷める自分が本当に嫌だった。それは自分のせいか。
そもそも企画が「ルーレットで担当曲を決める」というトチ狂ったものだったのが全ての元凶ではあるが、とはいえ明確なハズレ枠なんてそんなに在るものでも無いし別に「もう君に会えない」さえ命中しなかったら大丈夫だろ、と思っていたら本当に意図しない角度でぶん殴られ、これまでの人生でおおよそ体験したことのないタイプの困惑を味わった。改めて何がまかセロリなんだよ。殺してくれ本当に。殺セロリ
記事そのものが企画の振り返りみたいな構成になっているため、今さらこれと言って特に語ることも無い。強いて言うならいつかの主催とのスペースでも喋ったことであるが、日記調になっていることに特に意味はなく、この楽曲を聴いて思ったことを箇条書きにして、後から日記っぽく体裁を整えてまとめただけ。細かく小ボケを挟んでいるのはそれだけ語ることが無かった証拠とも言える。何度でも言うが本当に語ることが無くて困った。ミレニアムハッピーなやつとかカオスが極まってるやつとかいくらでもゴリラの素質がある楽曲なんてあったはずなのに、何が悲しくてこんなアフロ軍曹みたいな曲を……
記事と楽曲に文句を書いてばっかりなのもどうかなあと思ったので無理やりにでも褒めるところを探そうとしたが、本当にありませんでした。まあそういう記事があってもいいのかもしれない。ダメか
天ゴリと地ゴリ
寄稿企画:Catcher In The Relay(DUGOUT ARCHIVIST)
担当楽曲:天国と地獄
愛の座敷牢が誇るCatcher In The Relayの大トリ三銃士の一角。その中でもあまり自己評価の高くない枠となる。
何故かDUGOUT ACCIDENTにそのまま再録されていたせいで2回も表舞台に立ってしまった真の場違いハミングゴリラ。余計な意味でタフすぎる。歯ごたえがある、というより純粋に「ダルい」「理不尽」という理由で難敵扱いされている類のボスキャラ感がある。というか後のDUGOUT ARCHIVISTでの再録曲再掲システムを知っていたらこうはならなかったのではないか。
当記事含むCatcher In The Relay企画に寄稿した3記事に関しては別で振り返っている記事が存在するのであえて語ることもそこまではないが、改めて読み返すとつくづく自分を細分化した時にかろうじて残る成分をどうにかかき集めて作ったような記事だと感じる。冷蔵庫のあまりもので作ったありあわせの飯。店主賄いの味。お母さんのぬくもり。一生ないと思うが、もしインターネット用の名刺を作った時にはこの記事に飛べるQRコードを付けるのもありかもしれない。まあ律儀に読み込んだ人に何を読ませてるんだ、みたいな話になりかねないが。
それはそれとして出来栄えに関しては未だに納得もしていないし、天国と地獄という、自分にとってUNISON SQUARE GARDENの楽曲の中でもトップクラスに大事な曲に捧げるにしては、いささか膂力、パンチが不足しているのでは、感がどうしても否めない。かといって上のMIDNIGHT JUNGLEと同じようなテイストの記事を焼き増ししても仕方が無いしなあ、とも思う。こういう時にスカッと気の利いたアイデアが出せるようになりたい。
ちなみに後半のクイズはあの後自分でやって自分も間違えたので本当に意味はないです
16.7km/s
寄稿企画:Catcher In The Relay
担当楽曲:instant EGOIST
愛の座敷牢が誇るCatcher In The Relayの大トリ三銃士の一角。その中でも自己評価が高い側の記事。当ブログの「気に入っている記事」のカテゴリにこの記事以降新しい記事が追加されないのは、この記事が門番となっているという事実も無くはない。
前後が前後なだけあって、この曲の記事に関しては「茶化さずにきちんと書く」をかなり意識して書いた覚えがある。前門の虎後門の狼ならぬ前門のゴリラ後門のインドだから、本当にここを真面目に書かないと企画としてマズいだろうと思った。企画としてマズいだろうと思った、と考えること自体がマズいと今になって思う。
楽曲を「母親」扱いしていたり、当バンドに対して「前より熱冷めたわ~(笑)」などと問題発言をしたりしてはいるものの、全体的には「ちゃんと」している記事。ちゃんとやればこういうのも書けはするるらしいが、毎回ちゃんとやればちゃんとやるほど「そういうのは別の人で良くない?」となる、罠。他の常連の方が余程ちゃんとしているので。どちらかと言えば自分は基本的に「面白い」と思ってもらいたい欲求の方が強く、心を震わせる、ちゃんとした記事を書きたいと思う気持ちは相対的に弱いので、ぶっちゃけこれも性に合わないと言えば性に合わない枠に入るのかもしれないが、不本意ながら何だかんだ性根が真面目、ちゃんとしている側の人間なのでデフォルトがこうなりがちではある。さっきからチャンチャンうるせえな、コウメ太夫か俺は
とはいえ自分の大好きな楽曲に対して捧げる記事のテイストとしてはとてもいいアプローチが出来たと思っているし、記事の最初から最後まで楽曲とバンドに対しての自分の向き合い方、距離感を実直に綴っただけ、の記事にしては体裁も整っているし文章も(個人的には)ちょうどいい塩梅で纏められているので、総じて自分の中ではバランスよくまとまった良い記事、という評価になっている。真面目な方面でこの記事よりうまく書けたな~と思える記事をこれから先書けるのかが心配。
Revival Blog"Catcher In The Meat Pie"
寄稿企画:Catcher In The Relay
担当楽曲:黄昏インザスパイ
愛の座敷牢が誇るCatcher In The Relayの大トリ三銃士の一角。その中でもいくらなんでもTPOを弁えた方が良かった側の記事。黄昏インザスパイになぞらえてカレーパイを作ったのはいくら日本ひろしと言えど俺だけだと思う。俺がCatcher In The Spyお料理部の道の開祖と言っても過言ではない。俺が歩いた後に道が出来ている。それでその道は他に誰が通るんだよ
アルファベットばっかりなタイトルだけは何だかお洒落に見えるが所詮見てくれだけであり、中身は成人男性が頑張ってパイを焼く記事となっている。リバイバルツアーをやった年に記事のリバイバルをやらないのは嘘! という個人の勝手な我儘の末に出来上がったが、人様の企画の大トリがエモーショナルな大団円でも何でもなく、ただ料理をするだけの記事、というのは流石にいただけない。いくらこの世の球技ほとんど全てに嫌悪感を向けているスポーツアンチとはいえ、チームプレイという文化に縁が無さすぎるのも考え物かもしれない。同日の他の担当者の方に足を向けて眠れない夜がかれこれ2年ほど続いている。
お料理記事は何だかんだ、一番面倒臭い料理の所さえ乗り越えてしまえば、あとは文章中で適度にふざけるだけで勝手に体裁が整うので楽といえば楽ではある。ただその肝心の料理、もとい料理中の写真撮影がありえないくらい面倒くさい。何なら「写真を撮り忘れた」という初心者マーク過ぎる凡ミスを冒した結果、料理の作り直しが本当にめんどくさくてボツにした記事が存在するくらいである。そういうわたくしの性根を考えると記事として残っているだけで奇跡とも言える。奇跡の記事。もっと崇め奉った方がいい。
この記事を含めたRelay参加の3記事は他の9記事を書きながら書いていたものではあるので仕方が無かったことではあるが、他の企画記事と比較しても全体的にボリューム不足感は否めない。読み手側のことを思えば記事そのもののボリュームがデカすぎるのも考え物ではあるが、自分の個性から文章量を引いたら果たして何が残るんですか? とも常々思っている。
渡り
寄稿企画:Populus Populus Prologue
担当楽曲:スカースデイル
まず『Populus Populus Prologue』自体が非常にしんどい企画だった、の感想が最初に出てくるくらいにはしんどい企画だった。それなりにしんどい曲なので別にしんどい企画でもいいとは思うが、それにしたって限度はある。
前の担当者の記事を読んでそれと関連付けた内容にする連作形式に、曲指名が主催の独断と偏見による指名制が組み合わさった、書き手側からすれば自由度が低いことこの上ない企画だった。こんな企画を性懲りもなく提案する主催もそうだが参加する側も大概だとは思う、と参加した側が書いておいてみる。
真面目に振り切れ、という隠れオーダーに不本意ながら従うことになった記事。黄昏インザスパイでカレーを作り出したことにスペースでほんのりと苦言を呈されて、申し訳ねえなと思う反面、普通に人選ミスだろ、と思う気持ちが少なからずあったが、今回の記事はどうやらご意向に添えたらしく、この記事を投稿した際の告知について、引用リツイートとかいうわたくしがXにおいて一番クソだと思っている苦手な機能で「計画通り……」と言われた。言葉を濁さず言うが若干ムカついた。計画通りも何も他の参加者のこと考えたらでんぢゃらすじーさんになるわけにもいかんやろがい。
前の担当者の記事からの連作形式で書くという企画の関係上、前の方の記事を読んでから記事の方向性を決めねばならず、必然的に時間との勝負に追われた記事だった。何より記憶に残っているのが自分の前の前までが小説形式の記事で続いていたことで、下手をすると自分はスカースデイルの夢小説を書かなければいけなくなるのでは、と戦々恐々としていたが、自分の一つ前の担当者の方がいい感じに流れを変えてくださったのでそうはならずに済んだ。改めて執筆者の☆さんには感謝したい。
内容については可もなく不可もない。無難。ただ強いて言うなら、良いことを書こうとして躍起になった結果、着地点が曖昧になってしまった記事だなあと今読み返しても思う。全体的にどことなく朝ドラ感があって、自分で自分に勝手に解釈違いを起こしそうになる。
こういう記事を書くときは退屈にならないように、一見突飛な、されどそれなりに共感性の高い話から徐々に主題へとつなげていく形になるように心がけているが、いきなり国の行事、風物詩を無理やりにディスるのが冒頭なのは今になってどうだったんだろうなと感じる。自分がこの国に対して特別忠誠心が高いわけでも無いとしても、他人が読むことをあまりに考えてなさすぎた。
ちなみにこのシンプル過ぎるタイトルについてだが、執筆当初の仮題は「つま先の向きを変えるように」だった。しゃらくさくてやめた。記事の後半のどこかにそれっぽい文章があるので暇で死にそうな方は探してみるといいかもしれない。結局、敬愛する梨木香歩の書籍タイトルの引用と、記事を読みそれをもとにまた記事を書く、つまり人から人に「渡って」行く、という企画の性質をかけあわせてこのタイトルに決めた。投稿する直前までカタカナにしようとしていたが、スピッツの楽曲名と被るので土壇場でやめた、という裏話も一応ある。
あとは、「熊本とスカースデイル」を「しまむらとラルフローレン」に例えたのめちゃくちゃ面白いと思ってたんだけど誰にも言及されなくて少し凹んだのを覚えている。ここで供養します。
未だにジェットコースターに乗ったことは無いのに、1人で観覧車に乗ったことはある
寄稿企画:JET CO. PARADE
担当楽曲:アイラブニージュー
共作形式の企画。プロデューサーとなった主催が一緒に記事について考えてくれる、という企画の触れ込みから、過去企画より多少は楽が出来るのではないかと高をくくっていたが、そもそも僕自身の協調性が皆無だったのであまりいつもと変わらなかった。こんなどうしようもない奴がトップバッターで本当に申し訳ない。
楽曲が決まって執筆に着手するまでに考えていたざっくりとしたテーマは「不条理ギャグ」で、突拍子もない展開と小粋なジョークによる波状攻撃で読者に何の感慨ももたらすことなく、ただ困惑だけさせて終わりたい、だった。第三者の目線から記事を読んだ時に思い通りの記事になっていたかどうかは知らないが、執筆中は要所でギャグに振り切ろうとするたびに心のどこかでブレーキをかけてしまう自分の存在が本当に邪魔に感じたので、大したことは無かったと思う。
最初はTwitterのDMでこっちのアイデア出しについて色々口出ししてもらったりしたのだが、自分が用意したアイデアの悪さもあってからあまりにしっくりくる形にならず、結局共作という触れ込みを盾に主催を無理やり呼び出してDiscordで1時間ほどかけて打ち合わせをした。その時の労務費を今払えと言われたら俺は泣いてしまう。そんなこと言わないでください。
この記事は途中から何故か物語形式になっているわけだが、物語形式のところに至るまでめちゃくちゃ難産だったのに、終盤その部分を書くことになってから何もためらうことなく一気に書き上げられたのがかなり印象に残っている。本当にスッと2000文字くらい書けた。あの現象は何だったんだろう。
投稿する何日か前に主催の方に事前に記事を読んでいただき、その中で上げてもらったアドバイスを反映し、投稿に臨んだ。オチと急展開に至るまでの過程に主催の発想が一部絡んでいる。個人的にオチは主催のアドバイスが無ければ自分一人では至ることが出来なかったと思っているので、そこは共作の意味があったと言える。他の参加者の記事にどれくらい口出しをしたのかは知りたい。スペースで喋っていたかもしれないけれど。
デキる社会人は窓の開け方で決まる〜換気に歓喜する4つの思考術〜
対象企画:Word Craft will be continued
担当楽曲:WINDOW開ける
番外編。正確には自分が書いた記事ではないが、自分が根深く関わった記事なので一応。このブックオフに132円くらいで投げ売りされてそうなサラリーマン向けのしょうもないビジネス書みたいなタイトルを主催と一緒に考えた日々も今や懐かしい。
企画の概要は一つ前のJET CO. PARADEの反対で「主催に文章を書かせる」というもの。これまでに企画で多大なる負担を参加者にかけ続けた禊としての企画だったそうで、だったら絶対に書きそうにもないテイストのものを書いてほしいと無茶ぶりをした。
最初に自分が提示した記事の原案もまんまリンク先の通りで、俺達2人で「WINDOW開ける」を掲げて自己啓発界隈にどでかい風穴ブチ開けたろうぜ! の意気込みでノリノリで話し合い、そのノリノリのテンションに任せて勝手に自分が冒頭の文章をざっくりと書き、あとはどうにか上手くやってくれと丸投げした。楽曲と一切関係の無い方向性のテーマをぶん投げられた挙句放置されていたのに、一切文句を言わずに第一稿をさっさと書き上げて共有してくださった主催は本当に偉いと思う。そんな主催の記事を「俺が関わっているのに味の濃さが足りないのが納得がいかないのでどうか手を加えさせてほしい、背脂を足させてほしい」と懇願し、自分のエゴ丸出しで魔改造したのは、この男~~~~~~!!!!! (カス)
魔改造とはいえ文字数を2.5倍にしたくらいで記事の雰囲気とかはそこまで変えていない、と思う。思いたい。まあその後もそれなりに主催の手によって修正された上で世に出てはいるので、最終的にはいい塩梅に消臭されてパブリック空間へ放流されたのではないかと思っています。自分の文章が悪臭を放っている自覚は、あります。
他人の書いた文章にいろいろと口出しする、もとい魔改造するのは初めての経験ではあったが、なかなかに楽しいものだった。企画関係なくもう一回くらいはやりたいかもしれない。
フ ル パ ワ ー プ ロ グ ラ ム
対象企画:DUGOUT ARCHIVIST
担当楽曲:フルカラープログラム
というわけで最後の企画文にして、恋する惑星以来の問題児その2。問題児なところまで含めて気に入ってはいる。気に入ってはいるが……
当企画はもともと上の天国と地獄の記事を再掲するだけで済むという触れ込みだったため、新規記事など書くつもりは無かったが、気が付いたらこんな激重感情の権化みたいな曲と向き合うことになっていた。いくらなんでも口車に載せられ過ぎ。気が付いたら誰かの、何らかの連帯保証人になっている気がする。
まあいろいろと悩んだ記事。一切のプロットが無いまま、カオスが極まるのサビの歌詞みたいなノリと勢いだけで6000文字くらいどかどか書いたはいいものの、そこでようやく着地点に真剣に悩んで、改めてプロットを練り直したというウソみたいな経緯がある。それくらいフルカラープログラムという曲が分からなかった。何も分からなかったので分からないまま書いていたら、もっとよく分からない記事になった。ちなみに俺は未だにフルカラープログラムのことをよく分かっていない。フルカラープログラム側も俺のことを分かっていないし、別に分かってほしくもない。
この通りプロットもくそもなくただフリースタイルで書き連ね、結果途中で締めに悩んでうだうだ悩みながら書き上げた記事なので、今さら特に語ることも正直ない。強いて言うなら「これまでの企画文で書いてきた要素をこっそり沢山盛り込んだら『アツい』のでは?」という薄っぺらいたくらみが執筆当初にあって、その名残がところどころ微かに残ってはいる。まあ普通に頓挫して中途半端なものになっているけれど。あとはDNAの話を盛り込んだのは、この記事を書き始める少し前に読んだ佐藤究の『ank』という小説の影響が非常に大きい。確固たる自己が無いので本当に何にでも影響される。
ちなみにこの記事で最初に考えたのはタイトルでした。「フルパワープログラム」という文字列だけを頼りに、あとは何も考えずにウオオオとキーボードを叩いてポンと出来た記事。そういう意味では天国と地獄の記事に近しいものがあるかもしれない。追いつめられるとゴリラになるのは我ながらサイヤ人としての素質がありすぎると思う。
多少の紆余曲折はあれどだいたいそんな感じ。なんか音楽のコードがどうとかプログラミングのコードがどうとかなんやかんや申し上げておりましたが全部アドリブです。深い意味も何もございません。最後だけ。言いたいのは。
あとこれは完全に余談だが、D.A styleについては本当に何も考えていなかった。今思った。まあDNAの話をちょっとだけしてるから、D.N.A styleということで許していただけないでしょうか……
終わりに
というわけでこれまでに書いた企画記事の振り返りでした。
初めて書いたMIDNIGHT JUNGLEの記事から3年半ほどの間で8記事(+1記事)を執筆したわけだけれど、振り返ってみればどの記事もなんだかんだ、まあそれなりに思い入れのある記事だと思います。少なくとも書いている時の苦しかった思い出は鮮明に残っている。大変だったよマジで。
ともあれ企画文に参加するまで、公募やネット小説のコンテストなどに自作の小説やら何やらを提出したことはあったが、自分以外の誰かが参加者を募る企画に寄稿することは一回も無かった。企画を通して生まれた縁も少なくない。いろいろとお世話になりました。
もうバンドは活動が止まってしまったけれど、また機会があれば何かやれたら嬉しいなと思います。以上! 乙デスゲーム!





