愛の座敷牢

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来るCatcher In The Spy revival tourに向けて我々が備えておくべきこと、7選

 

Catcher In The Spy(初回限定盤2CD)

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 Spring Spring Spring、CIDER ROADと、今年はUNISON SQUARE GARDENがかつて敢行してきたライブツアーの再現ライブ、すなわち「リバイバルツアー」が大いに賑わっている。僕のTwitterのタイムライン上でも現在開催中の「CIDER ROAD revival tour」に参戦しているフォロワーが散見され、歓喜のシャウトと行き場の無いパンチ、そして言葉にならないラヴが日夜飛び交うすさまじい感情の坩堝と化しており、時間の都合等で見合わせてしまった僕も、日夜ハンカチを噛み千切りながらその感想を眺めている次第だ。観に行けないのは大変残念ではあるが、まずはとにかく、何事もなくツアーを完遂させてほしい所存である。僕の札束と談合のフラストレイトを清算する機会はまだ先の話なのだから。

「populus populus」そして「CIDER ROAD」がとくに好きなファンからすれば今回のツアーは、それこそ冥利に尽きるものだったに違いない。ファンになった時期の関係でこれらのリバイバル元のツアーに参加出来ていない若いファンなら尚更だ。参加が終わった人はもうすでに、人生における全てを完遂したかの如き惚けた面で毎日を送っていることであろう。羨ましい限りである。

 こちらの死刑宣告はまだ終わってないどころか、始まってすらいないというのに。

 

 小学生でも、いや、幼稚園児でも分かる単純な話だ。3、4ときたらその次の数字はなんだ? そう、5である。いやもう個人的には3の次が5であってほしかったような気もするし、そもそも0~9まで全部5みたいなところもあるが、4の次は5。4thの次は5th。死んだあとの極楽。さあ次はどこへどこへ行こう? なんて、その行き先は恐竜が生きていた時代から決まっている。この国にはいにしえから伝わるこんな諺がある。『ハリネズミの転がる先は梟の巣穴』。ハリネズミが転がったら必ず梟の巣穴に行きつくように、物事の成り行きが決まっていることを意味する。

 そう、ご存じ我らが大正義、原点じゃなくとも頂点、この紋所(ジャケット)が目に入った瞬間人類全員お小水を漏らして土下座。Catcher In The Spyリバイバルツアーである。CIDER ROADリバイバルが決まった瞬間からずっと、僕らは獲物を狙う猛禽に睥睨されている。幸せなことですね。

 僕はもうこれの開催がいつなのかが気がかりで気がかりで、別にそれとは関係なく生活リズムが狂いまくりなのだけど、開催されるにあたっての心構えが自分には出来ているか、自分にはCatcher in The Spyリバイバルツアーの開催が決まった時の覚悟がちゃんと出来ているのかと、今一度自分自身に、そして全国に散らばる同志諸君に問いたい。「生田淵に言っといてが聴けるの!!?」とか「メカトル確定ガチャじゃん…………」とか、そんなオタクのキモさが滲み出た甘っちょろく変な臭いのする妄言をタイムラインに垂れ流す前に、そもそもの心構えは、己の肉体の強度はどうなんだという話ですよ。ちなみに当の僕は全然覚悟が足りていない。今の精神の強度では、発表の時点で脳と心臓がキャパシティを超えて爆発して死んでしまう可能性大だ。

 というわけで今回の記事は、それについて今一度考え直してみないか? という記事である。今年で7周年を迎えた我らがCatcher in The Spyのパワーは、それを生み出したUNISON SQUARE GARDENというバンド自体のフィジカルの上昇も相まって、リリース当初とは最早比べ物にならないレベルに至っている。そんなへと変貌したCatcher in The Spyを1から10まで受け止め、快楽として消化するためには、今よりも格段に強い身体が必要だ。強い身体には強い精神が宿る。来るCatcher in The Spyリバイバルを全身全霊で楽しめるように、万全を期した身体と、それに宿る強靭な精神を今から作るべきであろう。

 今回は7周年になぞらえて、最低限備えておくべきことを7つピックアップした。今からでも全然遅くはない。まだ見ぬCatcher in The Spyリバイバルのご来光に備えて、今一度自身の身体と精神を見つめなおし、Catcher in The Spyリバイバルを最大限に楽しみ、味わえるようにしよう。

 

 

 

 

 ~来る"Catcher In The Spy revival tour"に向けて我々が備えておくべきこと、7選~

 

 

 

 その1.UNICITYに入る

 

 これをその1に置くかどうかは結構迷ったのだが、財力的に問題がある場合を除き、UNICITYには入っておくべきだと思う。これは本当におススメする。なぜならリバイバルツアーが開催されても、自身がチケットを取れなければ元も子もないからだ。

 いやでもSpring Spring SpringもCIDER ROADもどっちのリバイバルもUNICITYに入らずチケットを入手することが出来たし……みたいな、前世が神か仏かなにかと言わんばかりの非常に運の良い方も、もしかしたらいるかもしれない。ただ、それでも入会しておいた方がいいことを証明するデータをお見せしたいと思う。

 

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 これは僕が僕の部屋の中でとったアンケートの結果なのだが、ご覧の通り実に100%の人間がCatcher in The Spyを支持していることが分かる。「populus populus」そして「CIDER ROAD」がそれぞれ最高のアルバムだというのは認めるが、Catcher in The Spyはそれをはるかに凌駕する支持を集めていることがこのデータによって証明されているのだ。前2つのツアーで何の苦労もなくチケットが取れたからといって、易々とCatcher in The Spyリバイバルツアーのチケットが取れるかといったら、それは極めて楽観的な考えと言える。油断といって差し支えない。

 断言してもいい、今回は過去に例を見ない熾烈な争奪戦となるだろう。ツアーが発表されて該当ライブが終るまでの期間でもいいから、UNICITYに入会することを強くお勧めする。入会すれば100%確実に希望する会場のライブに行ける、とは断言できるわけではないが、この極めて信頼性の高いファンクラブ優待権利を5000円ちょっとで買えるのははっきり言って破格だ。UNICITYへの入会でライバルとの差をつけろ。ここでしか見ることの出来ない動画やラジオや写真も必見だ。この際彼らの限定コンテンツを全てを摂取して、Catcher in The Spyへの理解をもっと深めよう。

 

 

 

 その2.復習を欠かすな

 

 これは個人的な意見だが、リバイバルツアーは当時の再現ライブということで、あらかじめセットリストが事前に公開されている関係上、初見の衝撃を味わうためにあえて復習をしないというのはナンセンスだと感じる。しっかりバッチリ復習を行って、その上で今の練度が格段に上がった彼らによるパフォーマンスに酔いしれるべきだ。分かったらもっているそのCatcher in The Spy tourを回せ。ベイブレードのように回せ。十分に観た? 寝言を言うなもっと観ろ。睡眠時間を削らない程度に毎秒観ろ。

 

 

 あえてここでは当時のセットリストを貼ることはしないが、Catcher in The Spyツアーのセットリストは本当に、もう本当に、ファンの間では終戦争(ラグナロク)と語り継がれているほどの火力を誇る超攻撃的なものである。生半可な気持ちで挑めば、死ぬ。そのステージの詳細を余すことなくすべて堪能するには、やはり完璧な復習は不可欠だろう。

 どうせ不要不急の外出は控えろとお国からお願いされているのだ、この機会にCatcher in The Spy漬けになれ。この記事で伝えたいのはもうぶっちゃけこれとUNICITYに入っておけってことだけかもしれない。以下全部妄言

 

 

 

 その3.強い身体と精神を作る

 

 Catcher in The Spyはメンタルよりもフィジカルに切り込んでくるアルバムであることは周知の事実ではあるが、それを聴き続けた人間の身体がCatcher in The Spyに適応するべく強靭になっていくことはあまり知られていないように感じる。Catcher in The Spyという人類が生み出した中でも極めて攻撃的かつ刺激的なアルバムは、聴くだけで肉体改造の効果があると科学的に実証されているのだ。リリース当初から7年間、まさに呼吸をするように聴いている人間はもう、例外なく刃牙みたいな身体になっている。かくいう僕もそうだ。範馬刃牙も生まれた頃からずっとCatcher in The Spyを聴いてきたに違いない。

 そんな超人たちが待ちに待ちわびたリバイバルが開催され、チケットの争奪戦が起こるとどうなるか? 答えは明白、肉体と肉体のぶつかり合いとなる。各地で北斗の拳の世紀末のような血で血を洗う抗争が繰り広げられるに違いない。Catcher in The Spy信者もそれなりの秩序は有しているが、ことCatcher in The Spyの話になるとそれをかなぐり捨てて筋肉での対話を試みる傾向にある。サイレンインザスパイの効き過ぎで前頭葉が筋線維と化しているのだ。むくつけき肉体と社会的地位をかなぐり捨てる覚悟を持ってチケットを握る貴方を強襲するCatcher in The Spy信者と相対するためには、自身も相応の肉体を作り上げねばならない。やつを砕くのは技を超える限りないパワー!! 分かったらジムに通え。プロテインを飲め。Catcher in The Spyを鬼のようにリピートしろ。さすれば道は開かれん。

 そして肉体と同じく、精神を鍛えておくことも大事である。いくらCatcher in The Spy狂を退けてライブ会場に入ることが出来たとしても、生半可な精神ならば開幕一発目の黄昏インザスパイのエモーショナルに心が耐えられず気絶してしまう。いくら強い肉体だとしても、強い精神が伴ってなければそれはただのパワフルな器でしかない。強い肉体にこそ強い精神を宿すべきだ。将来を憂えたり、滅茶苦茶後味の悪い映画を見たり、上司からの過度なパワハラに耐え抜いたりして鋼のメンタルを手に入れよう。

 

 

 

 その4.資金を確保する

 

 チケット、そして鋼の精神と肉体を手に入れたとしてもまだ、Catcher in The Spyリバイバルツアーを迎えるには不十分だ。これらをもってしても、イレギュラーな事態というのはどうしても発生する。交通機関の停止、職場の急なシフト変更、身内の不幸、はたまたチケットを手に入れることの出来なかったCatcher in The Spy信者の武力的介入。これらすべてに屈強な肉体、および強靭な精神力は有効ではあるが、完全ではない。その完全には至らない隙間を限りなく埋めてくれる力が財力である。地位も名誉も手に入れられるなら手に入れるべきだ。たとえその過程が多少カッコ悪くとも。

 世の中にはどうしようもないことというものがある。それをある程度解決することの出来る力が財力である。金はすべてではないが、極めて有用な力だ。どんなヒットソングでも救えない命は、金さえあれば救えることだってある。その逆もしかりだが。

 この世は金さえあれば大抵のことは何とかなる。最悪、諸々の事情が込み合って当日のライブに参加できなかったとしても、トイズファクトリーおよびソニー・ミュージックアーティスツに溢れんばかりの札束を積めば、貴方だけを対象とした追加公演が見込める可能性だって存在するのだ。もしもの可能性を考えて、FX、宝くじ、闇バイト、臓器売買などで潤沢な資金を確保しておくと、いざという時に役に立つかもしれない。人の良い石油王の命の恩人になるか、弱みでも握っておこう。

 

 

 

 その5.人事を尽くせ

 

 強靭な身体と精神を作り上げ、潤沢な資金を確保したとしても、神から見放されていればその全てが水泡と化す可能性がある。世の中にはどうしようもないことというのが存在するのだ。

 例えばハイジャックに合うとか、道中で大けがをするとか、当のUNISON SQUARE GARDENのお三方の体調が崩れるとか。最後は延期で済むかもしれないが、自分の身に降りかかった禍ばかりはどうしようもない。どれだけ人間としての基本スペックを向上させたとしても最後の最後だけは結局神頼み、天に身を任せることになるわけだが、神も悪人よりは善人を救いたいわけだ。なのでライブ開催までの期間に沢山いいことをして、いい奴ポイントを貯めよう。

 助けを求めるお年寄り、投げ捨てられたゴミ、カツアゲをするヤンキー。天網恢恢疎にして漏らさずと言えど、不条理の満ちるこの世の中では神の目も行き届かない暗部がどうしても存在する。神の視界を肩代わりする気持ちで善行を重ねよう。そうそう、僕にCatcher in The Spyのここがスゴイ2億選とか教えてくれるのも、年寄り助けるのを1とするなら4兆くらいの価値がある善行なのでお気軽にDMお待ちしてます。リプライでも矢文でもイイヨ

 

 

 

 その6.Catcher in The Spyに対する日ごろの感謝を形にしろ

 

 してますか? Catcher in The Spyというアルバムが生まれたことに対しての感謝。そこにあることが当たり前になりすぎていませんか?  一日5回の東京都中野区に向けての礼拝は欠かしていませんか? 

 なぜこの国には父の日とか母の日とか敬老の日とか勤労感謝の日とか、そういう一件意味の無い「何かに対する感謝を強要する日」が存在するのかというと、当たり前にそこに在るものに対しての感謝の気持ちは時間の経過によって薄れていくということを長い歴史の中で理解していて、その感謝の気持ちを一定の区切りで元の状態にリセットし、生涯にわたって感謝をし続けるためだ。なんであのクソ憎き勤労にまで感謝するかというと、それはもう遺伝子レベルでマゾヒストだからだ。

 常日頃から飯を食うように、呼吸をするように49分の劇薬を鼓膜から脳髄に注入している僕らだが、あまりに近い距離にあるCatcher in The Spyというアルバムのことを、当たり前にそこに在るものだと、在り続けるものだと思い込んではいないか。それが生まれたことに対しての感謝の気持ちが薄れているのではないか。そんな心持ちで、リバイバルツアーを迎えてもいいのか? 否! 今一度、Catcher in The Spyに対しての感謝の気持ちを形にするべきではないか!! いつもはただCatcher in The Spyを聴くだけに徹しているそこの貴方も、今日くらいはこの素晴らしきアルバムに感謝の気持ちを込めた何かを捧げてはどうだろうか。

 とはいえ感謝の気持ちそのものに決まった型は無い。別に何でもいいのだ、絵でも文章でも演奏でも正拳突きでも。媚びずにふざけずに、自分らしさを一番出せるもので精一杯の感謝を伝えるといい。まあこれはあれだ、僕が見たいだけなんだけどさ

 とはいえ本日8月26日は、年に1回しかないCatcher in The Spyの誕生日である。常日頃から貴方の音楽プレーヤーもしくはアプリから繰り返しその最高の音を響かせるこのアルバムに、労いの意味も込めて何か形になるものを送ろう。そしてそれを俺にも見せてくれ

 

 

 

 その7.そもそも開催される保証は無いことを理解しろ

 

 これはもう、言葉通りの意味だ。

 

 信じられないと思うが、今までのうん千文字は仮定の話を延々と繰り返しているだけに過ぎない。仮に将来的に過去のツアーのリバイバルが行われるとしても、Catcher in The Spyリバイバルが飛ばされる可能性は十分にあり得る話だ。MODE MOOD MODE ENCOREのリバイバルをやってCatcher in The Spyリバイバルを、やらない。十分にあり得る。あり得るのだ。

 普段は温厚なCatcher in The Spy信者の諸君も、これを読んでもう怒髪天の思いだろう。気持ちは痛いほど理解できる。なにせ書いている僕も怒りで一字打つごとにキーボードを破壊している。理性を抑えるのもそろそろ限界だ。ああマジで腹立ってきた。てめえを流れ星のように撃ち落してやろうか、足元ばかり見やがって、何がそれで十分だふざけるな、なんでまだリバイバルツアー開催のアナウンスがないんだ…………!!!!????これは怠慢だぞ、明確な運営の怠慢!怠慢!怠慢
詫びCatcher in The Spyを寄越せ、もちろん初回限定盤でだ!!!!畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生オオオオオオォォォォォォォ!!!!!

 

 さっさと運営は「やります」と言えばいいのに、と思う方の気持ちもわからないではないが、ご覧のような精神状態が不安定なCatcher in The Spy信者に不明瞭かつ不確定な開催を生半可な気持ちでアナウンスすると、いざという時に果たしてどうなるかは自明の理だろう。脳みその9割が筋線維によって構築されている後天性の戦闘民族は、もはや人間という括りで推し量ることは出来ない。根拠のない希望という微かな鎖で繋がれただけのバイオ兵器である。運営も日本全国に散らばるこのイカれた奴らの扱いには慎重なのだろう。だからこそ曖昧なままの発表は出来ないのだ。開催は有るかもしれないし、無いかもしれない。あったとしてもそれはもう本当にずっと先の話なのかもしれない。だからこそ僕らは迸る熱意も焦燥も憤怒も全て抑えて、波風立てぬ禅の心で最高のアナウンスを待つべきなのだ。

 このご時世、スケジュール、そしてなによりお三方の体力とモチベーション。それら三つのピースが揃って、初めて計画は立てられる。今はまだその時ですらない。ライブツアー終了直後にライブツアー開催を発表するよくわからないバンドなのだ、こればかりは気長に待つしかあるまい。現状、Catcher in The Spyリバイバルツアーの開催はまだ不確定だが、それの開催を望む我らの心は一つだ。各自精神と肉体の鍛錬を怠らず、粛々と資金を調達し、世のため人のために尽くす。これが出来ていれば恐れることは無い。仮に開催されなかったとしても、このために鍛え上げた身体と心がこの先の人生で無用の長物になることはないのだから。

 

 

 まあもしCatcher in The Spyリバイバルツアーすっ飛ばしてDr.izzyのリバイバルをおっぱじめたらそん時はもう殴り込みですよ 追いかけますよ多分死ぬまで そのための筋肉 そのためのパワー 世界どころか俺たちも救えねえ愛なんて信じられねえよ 

 

 

 

 

 

 

 終わりに

 

 

 痛みを背負ってくじけそうになるたびに三角形の呼び出しボタンを押してきた僕は、何の根拠もない「負けない どうせ君のことだから」という言葉を支えに、意地を張ってなんとかここまでやってきたつもりである。青春が止まらないままでも、成長を加味したいままでもいられないこの世の中にて、幾度となく涙がこぼれそうな夜を超えた。ポンコツでも無様でも足元が見えればそれで十分だとなりふり構わず進んできた今でも、ぶっ蹴飛ばせすらしないありえない不条理だらけな毎日には苦労させられてばかりだ。それでもまだ何とか退屈に殺されず、前を向かないまでも歩けているのは、君の命は必要なんだよと言ってくれるこのアルバムがあるからかもしれない。

 2014年の冬にCatcher in The Spyというアルバムを知って衝撃を受けて以来、飽きることなく何度も何度もこのアルバムを聴き続けて、最近になってこのアルバムが「何かを追い求めるにあたってどうしようもないこと」と「それでも自分がその何かを追うことは他の誰にも止められないこと」の二面性を歌っているのではないか、と思い始めた。

 その辺の話をするとまた長くなるので今回はやめておくが、ロックバンドはきっと、言ってしまえばそういう形而上的な「何か」をずっと追い求めてしまう生き物で、そこに完全な解答ないからこそ悩むし、もがくし、時には迷走をするのだと思う。僕はその追い求め続ける姿に、形容しがたい脆さと美しさを感じている。Catcher in The Spyというアルバムは、そのロックバンドの本能からくる追走が有する焼けつくような渇きが、これでもかというほどに内包されているように思う。この「渇き」こそが僕が音楽に求めるカッコよさの根源で、だからこそこのアルバムはこれから先もずっと僕の中のスタンダードであり、そして指針であり続ける。

 

 8周年の記事を考えるにあたって改めてこのアルバムを聴きこんだうえで頭をこねくり回し、自分の書きたいものと読んでもらえるもののバランスを考えながら、ああでもないこうでもないと悩み、もがき、無駄な迷走を続けた。時にはフォロワーからアイデアを募った。結局そのすばらしき数々のアイデアをつかうことも無く、結果的にこんなふざけた記事に着地してしまったのは、多分もう僕の根っこがおふざけに染まっているからだ。こればかりはもうどうしようもない。

 ただこれだけたくさん悩んでもこのアルバムについて考えるのがちっとも嫌になることがなかったあたり、自分は自分が思ってる以上にこのCatcher in The Spyというアルバムが本当に好きなんだな~、と改めて思った。本当に良いアルバムです掛け値なしに。

 改めて7周年おめでとう! 8年目もよろしく!リバイバルツアーはこの世で俺が一番待ってるぜ